「今を全力で生きること」|東京パラリンピアンでコートボールで世界の舞台にたった田口侑治さん

2022年10月19日

田口選手インタビュー動画

インタビュイー

田口 侑治さんTaguchi Yuji

profile

生まれつき目に異常があり、10歳くらいの頃に網膜色素変性症と診断される。
大阪の調理専門学校で調理師免許を取得し、東京で調理師として4年間働くも、目の限界を指摘されて退職。
その後、国立障害者リハビリテーションセンターに入学、そこでゴールボールと出会う。
2017年のアジアパシフィック選手権(バンコクにて開催)・銅メダルに続き、
2019年のアジアパシフィック選手権(日本にて開催)でも銅メダルを獲得。
2021年開催の東京2020パラリンピックでは、男子日本代表として出場した。
2022年3月に強化指定選手を引退。
現在はリーフラス株式会社に所属し、日本ゴールボール協会 育成アドバイザーとして後輩の指導に携わりながら、
引き続きゴールボールの普及や、インクルーシブ社会の推進のため講演や競技体験会、ブラインド研修等に力を注いでいる。

自分の100%を出して挑んだ東京パラリンピック

視覚障がいで夢を諦めた後に出会ったゴールボール競技

ゴールボールはどんな競技ですか。

ゴールボール競技は、「アイシェード」というアイマスクのようなものをつけてボールを投げ合うんです。3人対3人。ゴールが9m。その中でゲームを行います。何も見えない状態でプレーするので、サッカーとか野球とかと違って視覚情報が完全に遮断されている分、コミュニケーションであったり音を目安にしたりしてプレーをする競技です。

競技をされる方は皆さん視覚障がいをお持ちですか。

そうですね。パラリンピックに出場できるのは視覚障がいを持っている方です。でも、健常者の方も同じ条件(アイシェードをするため)じゃないですか。なので、日本選手権とかであれば、健常者の方も出場できるような仕組みになっています。

ご自身の視覚障がいについて教えてください。

病名からいうと網膜色素変性症という病気で、小学4年生の時にそう診断されました。見え方は大きく二つあります。まず一つ目は視野が狭いこと。望遠鏡を覗き込むような形が一番近いんですけど、中心は見えるけど周りは見えないので、普通に真っ直ぐ歩いていると、普通の人よりも人にぶつかる確率がかなり高いといった症状です。二つ目は、暗いところが見えにくいことです。健常者の方は夕方とか薄暗い場所でも見えると思うんですけど、僕の場合は薄暗いと完全に真っ暗になって見えないところがあります。

ゴールボールと出会ったきっかけを教えてください。

まず調理師学校に4年間通っていました。僕は料理人になると言って上京したんですけど、自分の店を持ちたいだとか、独立していろんな人に自分の料理を振る舞いたいっていう目標とか夢があったんです。ただ、目の限界を周りの人や当時の社長に突きつけられて、結構悩んだんですけど、そこで辞める決意をしました。その辞めた後、仕事しないといけないというところで、ハローワークに行ったんです。そこで、マッサージの学校があるよって話を聞いて、そこに進学することを決心しました。で、その学校に行った時に時間を持て余すんですよね。学業は大変なんですけど、体を動かしたいなと思っていた時にたまたま体育館でゴールボールを行っていました。自分もやってみようかなと思ったのがきっかけでやり始めました。

ゴールボールのどこに惹かれましたか。

そうですね、惹かれたというか、ちょうど東京オリンピックをやるといったタイミングだったと思うんです。自分もそこに出てみたいなって思ったことがきっかけだと思います。ゴールボール自体が楽しいとか面白いというよりも、東京パラリンピックに出たいといったところが自分の中で大きな要素だったなって思います。

東京パラリンピックを目指して得られた経験

ゴールボールを始められて難しかったことはありますか。

パッと頭に浮かぶのは、2017年に初めて日本代表に選出していただいて、そのとき初めて、2ヶ月後ぐらいにスウェーデンに遠征に行ったんです。海外の選手と試合した時は、レベルの違いに驚愕しました。これはもう普通にやっていたら勝てない。プレーの質の高さもそうなんですけど、単純に体が全然自分たちと違うなっていうか、横も身長もそうなんですけどフィジカルのつき具合とか。やっぱり、もっともっとレベルの高いチームがいるんだなってすごく感じことを一番覚えていますね。

そのレベルの差を乗り越えるために何を工夫しましたか。

まず情報収集しますよね。それこそ、有名選手の栄養面での取り組みとか、トレーニング内容もそうですけど、どんどん情報収集して自分で精査して、どんどん試してみました。

2021年の東京パラリンピックに出場されました。どんな気持ちでしたか。

一言で言っちゃうと、天国も地獄も見たっていう感じです。でも、何て言うんすかね、本当にこれが世界で一番の大会なんだなって感じました。やっぱり、選手に対する見せ方、アプローチの仕方、運営側の見せ方っていうのがやっぱり他とは全然違うなって感じました。

選手を引退することについてどう考えていますか。

パラリンピックってところを1つの節目として考えていました。大会で中国に負けて、不甲斐ないって気持ちが大きかったんで。何かここで1回リセットしたいなっていうか。僕はそこで辞めて正解だったと思います。

東京パラリンピック大会を終えて高校生に伝えたいこと

人生において大切にしている価値観は何ですか。

過去にも未来にもとらわれずに今を生きる」っていう言葉があって、未来を考え過ぎてちょっと臆病になって慎重になり過ぎたり、過去の失敗とか過去の栄光にすがって考えながらやったりしても、結局前に進まないのかなと思うんです。やっぱり今何がやりたいか、どう生きたいか、誰と話したいかといったところが重要だと思うんですよね。今を全力で100%に生きることを自分の軸としてやっています。

最後に、今スポーツを頑張っている高校生にメッセージをお願いします。

僕自身、東京パラリンピックに出場するといった目標を達成することができました。僕は、高校時代もその後も、スポーツとか勉強で成功を収めてきたのかと言われると全然そうじゃありません。高校生の時は、剣道やっていたんですけど、レギュラーとかに最後ならなかったり、調理師の時は、料理人になって有名になりたいという目標があっても、視覚障がいのことで夢を諦めたりと、いろんな挫折というか失敗を重ねてきました。それでも、その時々で自分がやりたいことに対して100%のパワーを注いできました。その結果、剣道とか調理師とは違う道ではあるんですけど、パラリンピックに出場するという目標を達成することができました。皆さんも今自分がやりたいことに全力でパワーを注ぐことで、それが何らかの形で未来に繋がるって自分は思うので、そういったところを意識して今をしっかりと頑張ってほしいなと思います。

 

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